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ネーミングが、しゃべり言葉になってきた・・なぜ?

前回のコラムは、『ネーミング全史』(岩永嘉弘著)から「日立洗濯機からまん棒」の生まれた背景など、昭和の香りのするネーミングについて紹介しました。

今回も同じく『ネーミング全史』から、最近多くなった「しゃべり言葉」の様なネーミングの背景について紹介したいと思います。

「お~いお茶」、「ごはんですよ!」、「なっちゃん」、「お父さんがんばって!」・・・。

このように “ネーミングが、しゃべり言葉になってきた”のは、「都会生活者のディスコミュニケーション・マーケティングがもたらしたネーミングの温暖化」であると著者は分析しています。

このことについて、著者は以下のように説明しています。

[お~いお茶]:ネーミングの「温暖化」時代始まる

スーパーやコンビニに行くと、なんだかほっとするネーミングが出迎えてくれる。「お~いお茶」だの、「ごはんですよ!」だのと呼びかけてくる。「なっちゃん」なんてのも、ほのぼのだなあ。

いつも思っているのだが、これらのネーミングは呼びづらい。口に出して呼ぶことを想像すると、ちょっとテレる。

これらのあったか系のネーミングは、実は口に出して呼ばれないことを前提に生まれているのではないか。

これらの元祖である「お父さんがんばって!」や「ごはんですよ!」はスーパーと一緒に生まれたような気がするし、「お~いお茶」はコンビニや自販機の普及と無関係ではない。コンビニと自販機、この二つが「あったか系ネーミング」の契機となったのではないか、と僕はにらんでいる。

でも、なぜ口に出して呼ぶのが照れくさいネーミングが氾濫するのか。僕は現代人の矛盾した心理が原因だと思っている。

現代人はあまり口をききたくない。黙って買い物したい。特に都会では(もっとも今日本中が都会化しつつあるが)隣に住んでいる人とさえ、あまり口を利きたくない。だから、スーパーが発達したし、コンビニも普及を果たしたのだろう。

しかし、口はききたくないけれど、温かく呼びかけてほしいという屈折した孤独感がある。

この矛盾する心理が、ネーミングの「温暖化」を促してきたにちがいない。でなければ、おとな向けの商品にこうしたネーミングが氾濫する理由が分からないのである。

確かに、昔のような対面式の店で、「『なっちゃん』と『あ!あれ食べよ』と『ごはんですよ!』それから『お~いお茶』と、『おっとっと』『お父さんがんばって!』をください」。
・・・なんて言って注文する姿は想像できません。

このような商品名だと、いちいち口で言わなくても買えなければなりません。

特に、現在のスマホ文化に見られるように、できるだけ口をきかずに済ませたいけど、優しさも欲しいという感情。そんな屈折した孤独感が、しゃべり言葉のネーミングが増えた背景にあるという著者の分析は十分説得力があります。

ただ、私はこの説に加え、ネーミングの若年層化傾向もあるような気がしています。

1980年代以前は、子供に商品を選ぶ権利はほとんどありませんでした。親が買って与えるケースが大部分でした。子供が小遣いを持って自販機やコンビニで自分でも買うようになったため、若年層向けのネーミングが受けるようになったのも一つの要因ではないかと考えています。

いずれにしても、筆者の「ディスコミュニケーション・マーケティング」という言葉は、スマホ時代のマーケティングを考える上で、重要なキーワードであると思います。

『ネーミング全史』岩永嘉弘(著)

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